新米主婦の奮闘日記
起業をめざした新米主婦が日々の奮闘を綴る。
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認知症の父とのやりとり日記⑥(2016 11月~)
11月2日
私と母と主人と下の子二人と会いに行く。
私と子供たちは後から行った。
私が行ったときはおとなしく、
蒸したさつまいもを食べていた。
父が食べたいと言うので、
いつもは母が蒸して持参してくれる。
今日は私が蒸した。おいしいらしい。
印象としては反応が薄い感じ。
帰るときも私たちにベットに座って会釈し、付いてこない。
いつもならエレベーターまで付いてくるのに。
またさらに進んだのか。
前回から一か月経ってしまい、申し訳ない気持ち。
もしかしたら私たちのこと忘れてる?
孫と会えたのはうれしそうだ。
1歳の娘が帰るときに何度も父と握手していて微笑ましい光景。
父もうれしそう。
スタッフさんからは最近は怖いほど穏やかですとのこと。
帰ってから旦那に聞いたところによると、
母と旦那と会ってすぐに、いつものように帰りたいと言っていたそう。
私が行ったときは一通り話して落ち着いていたのかな。
言葉はなかなか出てこない様子だった。
ピアノも弾いているようだった。

11月20日
施設の1周年パーティ
家族みんなで参加。
痩せたかな。左目がただれていて痛そう。
ますますおじいちゃん。口をもごもごしている。
昼ごはんはバイキングで、父は食欲がありかなり食べていた。
よく食べても歳をとると痩せちゃうものなのかな?
食事の後はビンゴ大会。
ビンゴのカードは一家族一枚。
ウチは家族が多いので1枚しかないことに子供たちは不満気。
なかなか当たらなかったが、
5番目くらいにひざサポーターが当たった。
ビンゴ大会が始まるやいなや
父は何やらブツブツ文句を言って怒っている。
どうやらこういうのは嫌いらしい。
長男が小さかったときに
みんなでお正月に温泉に泊まったことがあるが、
そのときもビンゴ大会があった。
そのときは楽しそうにしてたのになあ。
我慢してたのかな。
孫たちに会ってうれしそう。
特に3歳と1歳の子には微笑ましい表情を見せる。

12月4日
兄と兄の奥さん、私と下の子二人と会いに行く。
先日父の歩き方が傾いていて心配なので
診察してもらった方が良いと
施設から連絡があったので心配していたが、
ヨボヨボしてはいるものの異常な感じはしなかった。
でもますます老いているのは確か。
口をモゴモゴ、ひたすら手もみ。
兄が持ってきてくれた昔好きでよく食べていたアップルパイを
手づかみで食べる。
会話は噛み合わない。
いつもの文句も今日は少なめ。
孫たちには微笑ましい表情。
母のことを気にしている。

12月8日
母、私、主人、下の子二人と会いに行く。
行くと寝ていた。
あまりにぐっすり眠っていたので、しばらく寝かせておいた。
でもあまり時間も無いのでスタッフさんのメモを一通り読んでから
また部屋へ行って声をかけた。
「ああ。」と。
わかっているのかどうか。。。
あまりにも老いていた。
1歳の長女はいつもと違う何かを感じたのか帰りたがる。
長女と声をかけるが起き上がらない。
「どう?」と聞くと。「寒い。」と。
毛布を肩までかけた。
母には反応する。母が声をかけると、「もう帰りたい。」と。
スタッフさんのメモに、転倒したと本人が言っていて、
背中を痛がると書いてある。そのせいで動けないのか。
おやつを食べるために
スタッフさんが体を起こそうとするが気が進まないよう。
起こすのもやっとで、すごく痛そうな顔。
歩き方が傾いていたり、口をモゴモゴしたり、手もみをしたり、
やはり脳の萎縮が見られる可能性が高く、
明日病院に行くことになった。
背中が痛いことも診てもらえたらと思う。
入れ歯をとった顔がますます老いていて、全く別人のよう。
話も全く噛み合わない。
もうそう長くはないのかもという思いが頭をよぎる。
孫たちにはいい表情をする。
それがうれしい。

12月9日
母と主人が父を病院へ連れて行く。
病院では車椅子移動。
診察のときに症状を診るために歩いたが、
まあまあちゃんと歩けたとのこと。
診断としては年相応ですとのこと。
また来週検査を受けることに。
背中の痛みについては診てもらわず。
忘れていたとのこと。もうあまり痛くないということかな。

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認知症の父とのやりとり日記⑤(2016 7月~10月)
7月18日
母と兄と兄の奥さんと兄の次男が会いに行ってくれた。
母曰く、退屈で退屈で仕方が無く、帰りたいの連発。
「退屈しなくて土いじりなんかが出来るところを探すね。」
となだめると、「うん。」と言って少し機嫌が良くなり、
別れ際には自分の部屋の前で手を大きく振っていたとのこと。
工具がない。工具がない。と困った様子。
父は入居の際に工具をカバンに入れて持ってきたそうだ。
元気なときからいつもカバンにはそういう物が入っていたが、
安心するのだろう。
入居した自分の部屋のものなどを
その工具で分解して壊してしまうことがあるそうで、
施設の方で預かってくれている。
自宅にいたときもいろいろ壊していた。
ダメというと怒り出してしまうし大変だった。
きっと父としては何かしなければとか
何かしたいとかそういう気持ちがあるのだろうが、しょうがない。
そんなこともあって自分の好きにできないので、
いろいろ理由をつけて、体を動かしたいとアピールしていた。

8月1日
三男と一緒に会いに行く。
穏やかで元気そう。
母と1歳の長女の写真を見せると、
興味深そうにまじまじと見ていた。
他の写真にはあまり興味を示してなかったが、
母を見ると何か感じるのだろう。
アーモンドチョコのアーモンドが噛めずに出してしまうそう。
部屋に置いてある粉のミルクティを入歯入れに入れてしまうので
施設の方で預かるとのこと。
スタッフさんのメモを読むと、
排泄がもう自分ではなかなか難しくなっているようだった。
さつまいもの蒸かしたのとプルーンがまた食べたいと言っていたそう。
以前母と兄が会いに来たときに
一緒に帰れるのかと勘違いしたようで、
帰った後に不穏になり興奮気味になったとのことだった。
母は元気かと気にしていた。
暇そうなのでテレビを入れるねと話したが、
あまりピンときていない様子。
前に話したときはテレビが欲しいと言っていたのだが。
今日は特に引き止められることもなくすんなり帰れた。

8月4日
母と主人でテレビを部屋に入れた。
ちゃんと使えるか心配だが、オリンピックも始まるし丁度良いだろう。
父は柔道を昔やっていて好きなので、
それを見てちょっとでも気分が良くなってくれたらと思う。

8月9日
三男と会いに行く。
元気そう。
テレビを見ていた。
手にアザができていたのでどうしたのか聞くと、
「やりあった。」と言っていたが、
スタッフさんに聞くと、夜寝ていたときにベッドでぶつけたらしい。
父はそのアザに乗じて、ここのやり方は合わん、と言っていた。
ピノアイスを買って行き、三男と分けて食べた。
おいしそうに食べていたが、
どうぞと勧めると「この子(三男)にあげ」と言う。
なぜか兄はどこにいる?と何度も聞いていた。
オリンピックが見られて気が紛れているようで良かった。
スタッフさんからの話で、昨日他の若いヘルパーさんが
部屋にあったお菓子か何かの空き箱を
父に確認せずに捨てようとしたら
すごく怒ったとのこと。
担当のスタッフさんが間に入っておさめてくれたそう。

8月13日
三男と長女と会いに行く。
夜、トイレに起きてしまって
あまり眠れていないようで、行くと寝ていた。
最近は自分でトイレに行けているそう。
元気そうだった。
やっぱり帰りたいようだ。
「お母さんはどうだ?」と聞くので、
「まだ腰は痛いみたいだけど、
最近車の運転ができるようにはなった。」と答えると、
「それはいいなあ。」との返事。
「今度お母さんも来るよ。」と言うと、
「一緒に連れて帰って欲しい。」と言う。
「痛みは手術後1年はなかなかとれないみたいだよ。」と言うと、
「それじゃあなかなか帰れないなあ。」と言う。
3歳の三男と1歳の長女をうれしそうに見ている。
長女は人見知りをしてしまい半泣き。
足の水虫がひどくなってきているとのことで、
薬を処方してもらったらしい。
5本指ソックスを準備するようにとのこと。

9月8日
母、主人、三男長女と行く。
元気そう。散髪してさっぱり。
先日兄がキーボードを設置してくれたが、弾いているらしい。
そのためか穏やかにしているとのこと。
母持参の冷凍マンゴーをおいしそうに食べる。
会話のキャッチボールができない。
「姉家族に久しぶりに会ったよ。」と話しても、「そりゃそうだよ。」??
「何を弾いてるの?」と聞いても、「これは上がこうなってる。」???
排泄は自分で頑張っているそう。
キーボードに楽譜と当時の写真が立てかけてある。
「その写真どうしたの?」と聞いても変な答えが返ってくる。
「何か弾いて。」と言うと、ゴニョゴニョして弾かない。
やはり楽譜を見ては弾けない。
いつも弾いていた楽譜ではないからか。
弾いたことのある曲でも自分の楽譜でないと読む気にならない。
楽譜の説明を始めてしまう。
帰りにスタッフさんと話したところ、
先日ポロポロっと一小節弾いたとのこと。!!!
そのスタッフさんがキーボードに開いてあった曲を
youtubeで聞かせてくれたらしい。
しかもそのスタッフさんが何曲かいろいろ弾くと、
合わせてちゃんとした和音を弾いたそうだ。ビックリ!!??
そのスタッフさんも父が弾くのを楽しみにしてくれて、
いろいろ試してくれているそうな。なんてありがたいこと。
体が覚えていて、それを思い出して一曲でも弾いてくれたらいいなあ。
いつも弾いていた楽譜を探して持って行こう。
「何か欲しいものある?」と聞くと、
「連れて帰って欲しい。」」と言う。
「母に負担かけないようにするから。」と。
母が、父がやりたいことができるところ探すねと言うが、
あまり納得はしてないようだ。
帰るときは、エレベーターまで一緒に行くと言って付いてきたが、
エレベーターの前で自分で止まり、見送ってくれた。
いい笑顔だった。
それが逆に複雑な気持ちにさせた。

9月11日
元気そう。
夕飯どきに行ってしまったので食堂へ。
父の隣に座らせてもらう。
しきりに1歳の長女に自分の食事を食べさせようと
スプーンであげようとする。
「お父さんの栄養だからお父さん食べて。」と言うと、
「部屋に甘いものがあるんだ。」と言う。
「甘いものはまだ食べないんだよ。」と答えると、
残念そうに「そうか。」と言っていた。

10月1日
母、私、下の子二人と会いに行く。
会いに行くと、「あぁ~~♪」とうれしそう。
以前行ったときにサツマイモが欲しいと言っていたそうで、
母は蒸したサツマイモを持参。それをおいしそうに食べる。
「何か欲しいものは無いか?」と聞くと。
「もうなあ、俺も一緒に‥(連れて帰って欲しい。)」と。
「食べたいものは?」と聞くと、
ほら見てみろとばかりに少し痩せた腕を見せて、「こんななんだ。」と。
「ごはんちゃんと食べてる?」と聞くと。全部食べてるとのこと。
「こういう商売なんだ。」と施設に不満があるみたい。
スタッフさんメモにピアノでふるさとを弾いたと書いてあった。ビックリ。
母が右手私が左手で春への憧れを弾いて聞かせた。
「難しいね、お父さんの方が上手だね。」と弾いてみてと促すと、
ふるさとの楽譜を置いて、弾き始めた。
ぽろぽろとなんとか最後までメロディが弾けた!
すごく驚いた。自分の慣れた楽譜でなくても、
楽譜を見ながら弾いていたので。
スタッフさんのおかげだろう。
すごいことだ。
これでいろいろ弾くようになってくれたらと思う。


認知症の父とのやりとり日記④(2016/5/16~6/30)
5月16日
母と会いに行く。
父は元気そう。
母に会うとうれしそうな表情。
「早く帰りたいなあ」と言っていた。。
「(家に)自分がいないと」とも。
みんなが帰るときはちょっと寂しそうな顔をしていた。

5月25日
父を母が眼科へ連れて行く。
半年に一度くらい白内障の検査に行くんだとか。
問題なし。
父も元気そうだったとのこと。

6月1日
今日は父の誕生日だったので
ケーキを買って子供と一緒に会いに行った。
ケーキをおいしそうにむさぼるように食べていた。
よほどおいしかったようだ。
自分の誕生日のことも覚えているようだった。
3歳の子どもがおじいちゃんにハッピーバースデーの歌を歌った。
つたない歌にうれしそうな表情。

穏やかだったが、帰ろうとすると不穏になり
わけのわからない話を始めた。
玄関まで付いて来てしまったが、
スタッフさんに付き添われてそこでお別れした。

6月2日
母と主人が会いに行った。
元気そうだったとのこと。
帰るときもすんなり帰れたそう。

6月30日
母と子供たちと主人と会いに行く。
入浴後なのか散髪後なのか髪がボサボサで痩せた感じ。
すっかりおじいちゃん。
顔を見たときの第一印象はなんとなく表情が乏しい。

パッドなど足りないものだらけで買い物へ。
特養などはオムツやパッド類は無料らしいが有料老人ホームは違う。
これが結構な出費になる。

母が果物を持参したので喜んで食べる。
だが工具が無い、欲しいんだとしつこく言う。
でも「ドライバ」とか「工具」とかいう言葉が出てこない。
しつこいので話題を変える。

オカリナコンサートがあったそうなのでその話題に。
「どうだった?」と聞くが良かったかどうかははっきりしない。
とにかくなにかと文句を付けたいようだ。
でも覚えているということは楽しかったに違いない。

以前持って行った塗り絵が少ししてあったが
スタッフさんと一緒にやったのかな?
スタッフさんがやってくれたのかな?

母の背中の手術のことを気にして聞いていた。
ビックリ。
調子はどうか、元気そうだなと母に聞く。

スタッフさんのメモに父が悩みがあると言っていたと書かれていた。
自分のことを自分で命令できないと。
父なりに老いと戦っているようだ。

最近私があまり施設に来ないので、
担当のスタッフさんが何かあったのではと心配してくれていたそう。
3歳と0歳と小学生二人がいる中で頻繁にはなかなか。。。
それに頻繁に行こうがそうでなかろうが父の様子はあいかわらず。
返って混乱させてしまうことも多いし、どうしたら良いのか悩む。
正解はないのだろうが、無理の無い範囲で
会いに行くなら気持ちに余裕を持って会いに行きたいと思う。

認知症の父とのやりとり日記③(2016/4/2~4/30)
4月2日
演奏会
なんだか緊張してしまったが、みなさん喜んでもらえたようだった。
父にどうだった?と聞くと、「良かった」とのこと。
1月に演奏させていただいたときは、
演奏後に施設に行く度にいろいろなおじいさんおばあさんに
「この間はありがとう」と言ってもらえて
驚きとうれしさでいっぱいになった。
今回も楽しみにしていただいていたようで、
演奏会後にわざわざ声をかけてくれたおばさんがいてうれしかった。

4月5日
元気そう。
私の演奏会のことや母も聞きに来ていたことも覚えていた。

4月9日
行くとぐっすり寝ていた。
寝ているのを起こすと機嫌がわるくなるかもしれないので、
一旦足りなくなったパットなどを買いに行った。

少し前に、担当の女性スタッフさんに父が手を上げたことがある。
ビックリしてスタッフさんに話を聞くと、
朝寝ているところを起こすとき、夢を見ていたのか
夢と現実との認識があやふやになり、
そこから不穏が出てきて、
手を上げるということに至ったのではないかとのこと。
なので、今後起こすときには気を付けますとのことだった。
本当に申し訳ない。。。
それから、女性スタッフさんに対しては横柄な態度だったり、
口調がきつかったりするが、
男性スタッフさんにはそんなことはないそうなので、
不穏になりそうなときは男性スタッフさんが対応するとのことだった。
困ったことだ。
手を上げられたスタッフさんには謝ったが、
「そんなこと気にしないでください」と。
本当に良いスタッフさんで感謝している。

買い物から帰ってくるとちょうど晩御飯時。
食事中の父の横で一緒に座って少し話をしてから帰った。

買い物だけしてそのまま父に会わずに帰ったこともあるが
そのときは怒っていたそうだ。
時間がないこともあるのよ。お父さん。

4月11日
夜眠れていないそうで眠たそう。
気分にむらがあるので安定剤を服用。
そのためか穏やかだったが、
何やらいろいろとブツブツ文句らしきことを言っていた。
何を言っているのかはわからず。
母はなんで来ないのか?とのこと。
会いたいようだ。

4月12日
昨日に引き続き文句の日。
でも昨日のことはあまり覚えていないようだった。
施設の文句、主人の文句、母の文句。。。

NHKの番組で昨日『ユマニチュード』というのをやっていた。
なるほど~!!とすごく参考になったし、
今までやってきたことも間違いではなかったんだ!と励みになった。
そして実践しようと意気揚々と施設へ。

撃沈。
やっぱり難しい。。。
父の文句話が出てくる度に違う話題にするが、
まためぐりめぐって文句の話にどうしても戻ってきてしまう。
そしてこっちが一生懸命になって説明しようとしてしまうと
話す文章が長くなってしまい、
理解が難しくなるようで余計混乱させてしまった。
挙句の果てにうそつき呼ばわりされて泣きそうになった。

番組では話好きそうなおばあちゃんが出ていたから
うまくいったのではないかなあと思った。
気難しいおじいちゃんで試してみて欲しい。
なんならウチの父で。

母曰く、納得させようとか説明しようとか考えてはダメ。
そだよね。
母も距離を置いたから
他人事のように言えるようになったようで良かった。

この件から私の苦悩が始まった。
しばらく距離を置こうと思った。
そしてどっと疲れが出た。。。
頑張りすぎたかな。

4月18日
主人に行ってもらう。
100円ショップの大人のぬりえと色鉛筆、
父の施設の周辺の地図を持って行ってもらう。
自分がどこにいるのかを気にしているので
地図に記しを付けておいた。
ぬりえには興味深々だったようだが、
地図はもう理解できないようで関心を示さず。
絵は好きだから野草図鑑を今度持って行こう。

スタッフさんに手を上げてから穏やかに過ごしているそう。
少し時間を置いたのが良かったかなあ。

主人にはちょっとよそゆきモードになるし、
話をよく聞いてくれてうれしいのかも。

先日のうそつき呼ばわり事件以来自信の無くなってしまった私は、
1人で会いに行くのが怖くなってしまっている。
『なんとかわかってもらいたい』という気持ちが裏目に出てしまった。
認知症なんだから適当に話を合わせていればいい 
というのは違うと思う。
父にはわからないからと適当に話していると、
自分が蚊帳の外で仲間はずれにされていると感じてしまう。
認知症でも相手の表情や話し方で
上辺だけで話しているかどうかはわかる。
あるときスタッフさんのことを指差して
「あの人は上辺だけなんだ」と言っていたこともあった。
ネガティブな気持ちになることは認知症にとってマイナス効果である。

父は昔から発言がマイナスの言い方をする人だった。
私が何か話すと、すぐに否定から入ってくる。
それが子供心にすごく嫌だった。
親の影響ってすごく強いもので自分もそうなっていたようにも思う。
自分にはできない、こうしなきゃいけない、
人がこう言っていた。。。そんな考え方ばかりだった。
でも今はその苦悩を乗り越えて、
親と自分は違うんだと思えるようになったし、
親のコントロールから解放されて、自分を持てるようになったから、
子育てや自分の発言には
なるべく肯定の言葉を使うようにしているし、
考え方が180度全く変わった。

一時は両親のことがどうしても受け入れられない時期があったが、
今は産んで育ててくれたことにとっても感謝している。
親になって父と母の大変さや凄さやありがたさ、
その愛情に気づくことができたから。
そんな父と母のことを思っている、安心してほしい。
そんな気持ちからどうしても説明が長くなってしまった。
それがいけなかったのだと思う。
認知症になると
『AはB BはC だから AはC』というのが理解できない。

認知症になった今も父は日々 否定や文句ばかり言っている。
その度になんとか父の発言を否定せずに、
しかも楽しい気分になるような話題にしようと努力した。
そのときは話題が変わって、好きな植木や花の話、音楽の話、
その他父の好きな歴史や科学の難解な話になるが、
父の頭の中でどのように変換されるのか、
まためぐりめぐって元の文句の話に戻ってしまう。

また、父が母のことや自分のこと施設のことで
疑問に思うことがあれば嘘は言わずに答えたい。
でもそれに答えるとまた文句ばかりの会話になってしまう。
そこで私もなんとかしようと一生懸命になり過ぎると良くない。
そうなったらそれ以上は頑張らずに話を合わせるしかないのだろう。

そうは言っても、さっきまで向き合って会話していたところを、
「そうだね」と適当に合わせると、
父の中で賛同してくれたという印象だけが強く残り、
私が帰ろうとしたときに
『一緒に帰る』とか『一緒にご飯を食べる』ということに
いつの間にか変換されることがあり、
「さっきは一緒にいると言ったのに嘘だったのか」と
なるのではないかと思うのだ。

だから父との付き合い方に自信が無くなってしまった。
どこまで踏み込むべきか。どこで諦めるのか。
さじ加減がわからない。

父を嫌な気持ちにさせるのも、自分が嫌な気持ちになるのも怖い。
頻繁に会いに行っても会いに行く間隔が空いても
機嫌は良かったり悪かったりと影響しないようだし、
しばらく距離を置きたい。

4月20日
母と一緒に会いに行く。
父はうれしそう。
母が持参したりんごをおいしそうに食べていた。
母は父に手術跡を見せる。
父はわかっているのかいないのか??

先日興味を示したぬりえには全く手をつけていない。
色を塗るということももう難しいのかな。

天気が良かったので近くの公園まで散歩に行った。
途中にある柿の木やいちじくの木を見て
うれしそうに話をしながら歩いた。
うちの子が楽しそうに遊んでいるのをうれしそうに見ていた。

外に出ると施設に帰りたくなくなるのではと心配になったが、
すんなりと帰ることができて良かった。

私1人で父を散歩に連れて行くのは不安だが、
またみんなで連れて行ってあげたいと思った。

4月30日
子供たちと会いに行く。
暖かくて良いお天気だったのでまた散歩しようと思ったが、
行くと寝ていたので、声だけかけて帰った。
ここ数日、昼と夜が逆転しているとのこと。
大体落ち着いて生活はできているそう。
声をかけたときは笑顔だった。
認知症の父とのやりとり日記②(2016/3/2~3/29)
3月2日
元気そう。
明日退院。

3月3日
無事退院。

3月6日
穏やかで笑顔だった。
明日お母さんが入院すること、入院の前にここに来ることを伝える。

3月9日
母の手術無事終了。
12時間にも及ぶ大手術だった。

3月11日
父は落ち着いていて元気そう。

3月13日
兄家族と一緒に父のところへ。
元気そう。

3月15日 3月17日 3月20日
元気そう。

3月22日
長女を抱っこしてうれしそう。
穏やかになる。

3月25日
開口一番「ここを出ようと思っている」と。
母が入院していること、
退院してもすぐには日常生活はできないことを説明。
時間の感覚がなくなっているのか、
何年も施設に入っているように思っているよう。
今日の日にちや母の手術日を聞いて手帳に書こうとしているが
やっとのことで書けた。
昔から毎日手帳にメモのように、
その日あったことなど書いていたのでそのことを思い出したのか?
文字がかなり書けなくなっている。

電話番号を教えて欲しいとのこと。
待っている方は退屈で長いと。
でも父はもう電話もかけられない。

施設を出たいからか、
私のウチの手伝いをするからウチに行ってもいいか?と言う。。
内心困惑。
主人がやってくれるから大丈夫と伝えると、「そうだな。。」と。
そして、「自宅にいるときはちょっとやりすぎたかな。
正気じゃなかったな。」と
少し後悔しているような表情。
母に悪いことをしたと感じているのか。
「なんでこんな風になったのかなあ。。。」とも。

もうすぐ春だから散歩しようね。と窓を指差して言うと
「そうなんだ。あそこから監視しているのかな。」と言う。

ここは何階建てで何階か?とか
どうやって下に行くのか?とか聞いてくる。
自分がどこにいるのかがわからなくて不安なのかな。
出たいのかな。

今日は正気なところと変なところとがあり、
話していて哀しくなった。
元気そうだったが、いろいろ考えたり、
感じたりして日々を過ごしているようだ。

母に父の様子を伝えると、心にグサッと来たと言っていた。
母の腰が治り、面倒が見られるようになったら
連れて帰ろうかと思ったとのこと。

でも施設に入ったことで父にとってはいろいろな刺激があり、
言葉も出るようになってきているので、
母にも父にも良かったと思う。

3月29日
穏やかで会話もあまり変ではなかった。
4月に私がまた演奏させてもらえることになって、
楽しみにしているようだった。
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