新米主婦の奮闘日記
起業をめざした新米主婦が日々の奮闘を綴る。
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亀岡コスモス&亀岡祭
亀岡運動公園のすぐ隣の畑では
毎年9月下旬ごろからコスモスが満開になる
中にはお花のアーチなどがあり、とってもきれい。
ただ、期間中は中に入るのに入場料がいるらしいが
外からでも十分きれいよ。
自由に花を摘んでも良いみたいで、
花束を持って歩いてる人もいた。
ちょっと曇りの日だったので写真が暗いけど↓


10月29日、亀岡祭に行ってきた。
祇園祭の山鉾にそっくりだけどちょっと小さめの山が
たくさん出ていてたくさんの提灯がとっても優雅。
辺りの道路沿いにも灯篭が並べられていて幻想的。

近くの広場ではお店がたくさん出ていた。
よくお祭で見るような露店ではなく
その地区の人たちが自分達でお店を出している。
私達はカレーとたこせんべいを食べた。
意外においしかった
他の場所でもぜんざいを出していたので食べ、
子供達には小さなお菓子袋をくれた。

亀岡はもともと丹波亀山だったそう。
三重県の亀山と混同するので変更したらしい。
明智光秀が城を建てたことでも有名なんだって。
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本当の龍馬って??
 私は歴史が苦手で好きになれなかった。
初めて本気で見た大河ドラマ「龍馬伝」。
「龍馬伝」を見て初めて私は歴史に興味を持った。

まずは、幕末の混沌や
龍馬、勝海舟などの幕末に生きた人物について
もっと知りたくなり、そして、龍馬が暗殺された後のこと、
明治維新に始まって、大正昭和、どのように日本は進んできたのか、
さらに、どうして幕末、あのような経緯を辿らなければ
ならなかったのか、例えば幕末以前の歴史、関ヶ原の戦いやその
以前以後のことなど、どんどん歴史を知りたくなった。
歴史が嫌いな私は、上記に書いた事変や人名について
聞いたことがある程度で正直何も知らなかった。
はっきり言って白紙状態。

まず読んだのは司馬遼太郎の「最後の将軍」、
そして偶然古本屋で見つけたこれまた司馬遼太郎の
「燃えよ剣」上下、そして絶対読みたかったまたまた司馬遼太郎の
「竜馬がゆく」全8巻を読んだ。
そして現在、子母沢寛の「勝海舟」全6巻、
司馬遼太郎の「人斬り以蔵」、
飛鳥井雅道の「坂本龍馬」を読んでいる。
また、「龍馬伝」に新聞記者として岩崎弥太郎に龍馬のことを
取材していた坂崎紫瀾の「坂本龍馬伝 汗血千里の駒」、
司馬遼太郎の「世に棲む日日」全4巻も購入してしまった。
おいおい自分の覚書きということで感想を書いていきたい。

「龍馬伝」の感想も書きたいところだが全48話。。。
途方も無いかしら。

とにかく、「龍馬伝」で龍馬や勝海舟の魅力に
取り付かれてしまった私。
評判は千差万別いろいろあるようだけど、
私は毎週毎週楽しみで龍馬に会える!と日曜が待ち遠しかった。
主役の福山さんがかっこいいというのもあるけど、
もともとファンだったわけでもないし、贔屓目ではないのよ。
ただただ、龍馬の世界を少しでも見てみたいという好奇心。

上記の本をいろいろ読んできて、今私が知りたいのは
坂本龍馬という人は本当はどんな人だったのか、
本当の歴史はどうだったのかということ。

「龍馬伝」を見て、私は龍馬にすごく親近感を覚えた。
なんだかあの時代の人としては異質のような
龍馬だけ現代の人に近い人に見えた。それが魅力だった。
龍馬の口から出て来る言葉は私にとってすごく元気を与えられる
ものばかりだったから。「竜馬がゆく」でもそういう魅力を感じた。
「龍馬伝」の龍馬と「竜馬がゆく」の竜馬は近いけど、
違いは「竜馬がゆく」の方がもっともっと泥臭い感じがすることだ。
テレビドラマ「JIN」に出て来る龍馬に近い。
でも「JIN」の龍馬はもうちょっとヤンチャっぽいかな。

「最後の将軍」では龍馬は脇役も脇役で
すこ~ししか出て来ないけど、龍馬は大政奉還を成し遂げたが、
最後の将軍慶喜が大政奉還の案を考えたのが
誰だったのかを知ったのは龍馬が暗殺された後の明治後だそう。
「龍馬伝」では確か、誰かが慶喜に
「土佐藩の郷士坂本龍馬とか申すものです」とかなんとか伝えると
慶喜が「なに~!なぜそんな身分のものに自分の進退を。。」
みたいな反応を示していたような。

話しを戻そう。本当の龍馬とは?
私が調べるところによれば、龍馬暗殺後、時代の変動が大きすぎて、
龍馬はどんどん人々から忘れられていく。
そこになぜ??と思うのだ。
「龍馬伝」「竜馬がゆく」のように
本当にあれほどの人なら忘れないのでは?

すっかり忘れられていた龍馬だが、明治15年ほどに世に出た
「汗血千里の駒」が龍馬ブームの第1弾だった。
そして明治37年、日露戦争のとき天皇の夢に一人の武士が出てきて
「私は坂本龍馬。ロシアとの戦争のこと心配なされるな。
私の魂が海軍に宿り、お守りいたします。」みたいなことを言った
とのニュースが流れた。そしてまたまた龍馬ブーム。
でもこの2例とも政治的な策略があったとの話もある。
龍馬ブームを起こし、龍馬を英雄にしていくことで日本の人々の
考え方を操ろうとしたとかどうとか。

「汗血千里の駒」は「竜馬がゆく」に影響を与えているらしいし、
「汗血千里の駒」も「竜馬がゆく」も「龍馬伝」に多いに影響を
与えているらしい。そして、「竜馬がゆく」も「龍馬伝」も
いろいろとフィクションが多い。
「汗血千里の駒」には政治的策略があり、
「竜馬がゆく」も「龍馬伝」もフィクションが多い、となると、
本当の龍馬は?と
真実を知りたくて知りたくてウズウズしてくるのである。

ぼちぼちと覚書き感想を書いていこう♪

・最後の将軍-徳川慶喜-(司馬遼太郎)
・燃えよ剣 上下 (司馬遼太郎)
・竜馬がゆく 全8巻 (司馬遼太郎)
・勝海舟 全6巻 (子母沢寛)
・人斬り以蔵 (司馬遼太郎)
・坂本龍馬 (飛鳥井雅道)
・坂本龍馬伝 汗血千里の駒 (坂崎紫瀾)
・世に棲む日日 全4巻 (司馬遼太郎)

関連記事→龍馬ゆかりの地へ
      →坂本龍馬追悼&ちょこっと江ゆかりの地
      →勤王って?
      →龍馬の墓 ~霊山護国神社~
      →坂本龍馬ゆかりの地~河原町・木屋町 地図~
勤王って?
 幕末に出て来る重要なキーワード、「勤王」、「尊王」。
「勤王」も「尊王」も同じような意味だと思うが、
天皇に忠義を尽くすことである。
それが幕末に大きな混乱の渦をもたらしている。
攘夷か開国か尊皇攘夷か佐幕か倒幕か
そんな議論の中で人を殺したり殺されたりするのだ。
攘夷とは外国を日本から退けるということ。
佐幕とは幕府を助けるということ。

幕府も朝廷も外国に侵略されることは絶対に避けたかった。
でも日本よりはるかに進んだ技術を持つ外国に
幕府は開国をせまられ、
地域限定だが受け入れていくしかなかった。
そして、幕府と朝廷に軋轢が生まれ、
人々はなぜ幕府は攘夷を決行しないのだ!と怒る。

幕府は人々にとって恐れるべき絶対的なものだったが、
徳川300年のうちに幕府は世界から技術的にも精神的にも
全てにおいて置き去りになってしまっており、
人々もそれに気づきつつある。
でも幕府が絶対の新撰組のような佐幕の人々はそれを許さない。
もちろん意見がコロコロ変わる日和見の人もたくさんいる。
幕府の中でも考え方は様々で日本中がてんやわんやな状態だった。
龍馬がいた土佐藩の藩主山内容堂も、
倒幕運動を進めた土佐勤王党を弾圧したかと思えば、
幕府を終わらせる大政奉還の建白書を書いている。

そもそも天皇ってなんで偉いの?って暗殺されそうだけど。
日本にペリーが提出した国書。
その宛名(His Imperial Majesty, the Emperor of Japan)を
訳すのに幕府は困った。
朝廷に和訳を提出するときに朝廷に
その和訳について弁解をしている。
宛名が陛下、大皇帝などと書いてあるが、
外国のことだから日本のことを何もわかっておらず、
直に幕府に持ってきたのだ。と。
天皇と将軍、二つの権威が存在したのだ。

幕府は力で治め、天皇は?
なんで天皇は権威を持ったんだろう。
最初の天皇は?という疑問が湧いてくる。

最初の天皇について調べた。
「古事記」「日本書紀」「邪馬台国」「大和朝廷」
そんなことがらをいろいろと調べた。
「古事記」や「日本書紀」には
日本の成り立ちについて書かれているが
神話や言い伝えも多く、
最初の天皇は神武天皇であるとされているが結局よくわからない。
誰にも本当のことはわからず、
いくつかの説があって今でも議論されていることらしい。

幕末のこと龍馬たちのことを知りたいのに
日本の成り立ち、「古事記」や「日本書紀」のことを
調べるところにまで至るとはわれながら驚いた。

素朴に私が考えるところ、
日本がまだ日本とは呼ばれていなかったむか~しむかし、
この土地にいた人たちは生きるためにきっと
グループになって狩りをしたり暮らしていたに違いない。

小さなグループだったがだんだん大きくなり、
たくさんの人数をまとめていくにはリーダーが必要になった。
そんなグループがあちらこちらに増えていくと、
グループ同士の争いや喧嘩が起きるだろう。
また、食べ物の取り合いもあったし、
食べ物がよく手に入る土地の取り合いも起こってくるだろう。

そして強いものが弱いものを支配していく社会ができてきて、
国のようなものができて、
各地にたくさんの戦争が起きたに違いない。
そこから人望のある人物や強い人物が権威を持つことになり、
天皇や将軍といった形になっていくのだろう。

だとすると、天皇も将軍も他の身分の人々も
もともとは同じ人間で、みな平等だったことになる。
ただ、強かったり、
人をまとめるのが上手だったりしたものが権威をもっただけ。
ちょっと簡単すぎるか。
現実、歴史はややこしい。

でも天皇の成り立ちが曖昧で
その権威がなんやらわからないということなら
幕末、あんなにみんなが殺しあう必要なかったんじゃ。。。
と、龍馬の死を痛ましくも悲しくも残念でもあり、
とても悔やまれる。

関連記事→龍馬ゆかりの地へ
      →本当の龍馬って??
      →坂本龍馬ゆかりの地~河原町・木屋町 地図~
      →坂本龍馬追悼&ちょこっと江ゆかりの地
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      →最後の将軍-徳川慶喜-(司馬遼太郎)
      →燃えよ剣 上下 (司馬遼太郎)
蹴上散策
蹴上といえば南禅寺。
人斬り以蔵こと岡田以蔵が多田帯刀を殺したのも蹴上だったらしい。
多田帯刀とは、安政の大獄の井伊直弼の懐刀、
長野主膳の妾の子供である。
安政の大獄の恨みで親玉の懐刀の妾の子供が受けるなんて
とばっちりもいいとこだと思うのは私だけ?
それはいいとして。

蹴上散策。
京都市動物園、琵琶湖疏水(インクライン、水路閣)、ねじりまんぼ、南禅寺を見てきた。

動物園へ行く途中にこんな噴水↓
琵琶湖疏水に関係しているのかな。
浄水場もあるそうだが。


京都市動物園入り口↓と象
 

インクライン。
明治時代、琵琶湖から水を引いて運搬に利用していた。
船が上がれない坂では、船を貨車で引っ張って運ぶ。
その装置がインクライン↓


ねじりまんぼ。
変な名前
明治時代の歩行者用のトンネル。
中に入って上を見上げると
レンガの並び方が1列ずつ斜めにきれ~いに並んでいて
ネジネジになってておもしろかったです。


南禅寺のすぐ横にある水路閣↓
サスペンスドラマに出て来る~!とちょっと興奮。
すごくきれいなレンガ作りでタイムスリップしたみたいでした。

水路閣の中から↓        上から↓              
 
同じく上から。サギがいて風流でした↓

上の写真からもわかるように今でも水路閣には水が流れているけど
琵琶湖の水なの??すごいわ

最後に南禅寺↓
紅葉前だったけど外国人とか観光客とかたくさん。
すごく重厚な感じでこれこそ京都~!

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