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新米主婦の奮闘日記
起業をめざした新米主婦が日々の奮闘を綴る。
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認知症の父とのやりとり日記⑩(最終)
 前回のブログから約1年後の2018年5月13日未明 
89歳を目前にして父は亡くなりました。
認知症かもしれないと疑いだしてから5~6年で亡くなりました。
この5~6年は大変な日々で、長いようにも感じるし、
あっという間にも感じます。
誤嚥性肺炎で入退院を繰り返し、
入院する度にどんどん悪くなって行くように見えました。
特養に入ってからはなかなか頻繁には
会いに行くことができませんでした。
会いにいっても誰が誰か全くわからないようだし、
話もろくにできません。
でも孫を見る目は優しい穏やかな目をしていました。

亡くなる前のこと、肺炎が良くなったので退院のつもりでいましたが、
突然 13日の夜中3時ごろ、
病院から母に容態が急変したと連絡がありました。
主人が母と病院に向い、逐一状況を教えてくれました。
小さい子供がいるので夜中に動くことが難しく、
5時くらいに子供たちを起こして病院に向いました。
病院へ着くともう父の意識はありませんでした。
医師の診断により亡くなったことを確認してもらいました。

もう覚悟は大分前からしていたので、悲しいというより
「ああそのときが来たんだな」という思いでした。
子供たちは、おじいちゃんの死と聞いても、ただ、
いつもと違う雰囲気に、少し怖い、
近寄り難いという感覚を持っているように見えました。
やせ細ってはいるがまだ暖かく、
口も目も開いていて亡くなったと聞いても
本当にそうなのかどうか実感が湧きません。
しばらく経って1時間もすると
だんだん硬直してきているのがわかりました。
やっぱり死んでしまったのだと。

子供たちは、眠いだのお腹がすいただの外に行きたいだの・・・
そういう対応をしなければならず私は涙も出ませんでした。
でも、こうして文章を書いていると自然と涙が溢れます。
この涙が何なのか・・
父への感謝の気持ちは大きいが、
特に仲が良かったわけでもないし、大好きだったわけでもない。
ただ、私の何か元になっているもの
ルーツのようなものが無くなってしまったような感覚。
言葉ではうまく表せない、理屈ではないのだと思う。

母も母でこのごろ物忘れが多く心配。
人任せになってしまったり、いろんなことが面倒になったり、
父のいろいろな手続きも自分ではできず全て子供任せ。
少し前から「あれ?」と思うことが増えてきた。
でも本人はまだまだ元気なつもりでいる。
父に認知症のテストを受けさせたり、
デイサービスに通わせたり、施設に入所させたり、
それらがすごく大変だったはずなのに、
今それをしているこちらの大変さを全く汲み取ってはくれず、
自分の気持ちを分かれと言う。
私に、あなたもこれくらいの年になったらわかる。と不毛なことを言う。
じゃあ、お母さん、
あなたはこちらの気持ちをわかっているはずではないの?
こちらが頑張れば頑張るほど母は抵抗する。
母のためと思ってしてもいつも空回り。
うそや隠し事なんてないのに、
自分に何か隠していると不信に思っている。
父のときと全く同じ。
父にも一度「うそか」となじられたことがあり、ショックだった。
うそなんて言っていない。
父が捻じ曲げて理解していたり
忘れてしまっていたりするからそうなるだけなのに。
自分も年をとったらそうなるのだろうか?・・・そうはなりたくない。
あと何年私は元気でいられるのかわからないが
1日1日精一杯大切に過ごしたいと思った。

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